牛に引かれて善光寺その3
さて、おそばも食べたので、いよいよお目当ての善光寺に行きました。自分のイメージでは、庶民のお寺という印象を受けていたので、山門を見てその大きさにびっくりしました。また、山門にある仁王像は高村光雲が作っており、その迫力には圧倒されました。お寺に行っていつも思うのは、"木"を使って様々な物を作り出している、先代日本人の凄さです。善光寺も仁王像などは、これが"木"で出来ているのかと疑いたくなる程の造型です。しかしながら、今まで行った事のある有名な寺院とは異なり敷居(周りとの境の塀)がなくて、いかにも庶民のお寺というのをヒシヒシ感じました。でも残念なのは、北京オリンピックのとき、聖火リレーの日本でのスタート地になって、抗議の為かどうかは知りませんが、建物に落書きをされた事を聞いたときは、かなりがっかりしました。何人であろうとも、物を言えぬ建物とかに、自分の主義主張をつけるのは、言語道断です。物を言いたいのであれば、自分のしかるべき手段(正当)で行うべきだ
と思う。こんなつまらない人の為に、何年も残して来た物が痛んだり消失するという事は、人間も滅びゆく存在になってきたなと痛感しました。しかし、寺の中に入り荘厳な気持ちなったときは、怒りなどというつまらないものは消えてしまいました。お寺は日本人にとって特別な場所なんだと改めて思いました。


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